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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)182号 判決

理由

一、原告提出の甲第一号証の一(本件約束手形)の表面には、原告主張のような手形要件が記載されてあり、その振出人欄には被告会社取締役社長田島将光名義の記名ゴム印、並びにその名下に代表者印が押捺されているところ、原告は右記名捺印は被告会社代表者が自らしたものであり、仮りにそうでないとしても被告会社代表者の指図によつて成立した真正のものであると主張するけれども、右原告主張事実はこれを認めるに足りる適確な証拠がない。

二、《証拠》を綜合すれば、次の事実が認められる。即ち、

訴外加藤淳は被告会社の取締役で、かつ昭和四〇年四月頃まで総務部長として被告会社の経理事務を含む事務全般を総括担当しており、(以上のうち右訴外人が被告会社の取締役である点、経理を含む事務全般の担当者であつた点は被告の認めるところである)、少くとも昭和三九年一二月末までは被告会社代表者田島将光から同代表者名義の記名印、代表者印を使用して被告会社の支払のために代表者名義によつてする小切手振出の代理権限をも与えられていたこと、一方被告会社代表者田島将光は昭和三九年九月前任の代表者訴外長棟至元から被告会社の経営を引き継いだのであるが、就任後被告会社の負債が当初予想していた金額を遙かに超過するので旧負債関係は再検討の上処理する方針の下に、同年一一月以降は前代表者の時代に振出された約束手形については田島が自ら指図承認するものの外書替に応じないように加藤に指示したこと、然るに、被告会社においては原告の代表する訴外株式会社森島直線工業所に対し前代表者長棟時代に債務支払のため本件手形と同額の約束手形を振出しており、昭和三九年一一月上旬満期到来したので、その際訴外加藤淳は前記田島の指示どおりに右手形を不渡にすると、かえつて会社の経営に支障を来すことを慮り、田島の指図、承認を得ないで被告会社代表者田島将光の名義によつて本件手形を作成し、旧手形の支払延期のための書替手形として訴外森島直線工業所の代表者たる原告に交付したこと。

以上の諸事実が認定でき、これを覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、訴外加藤淳のした本件手形の振出行為は被告会社代表者の指示に牴触するもので正当な代理権限に基づくものということはできないけれども、右加藤は経理を含む会社事務全般を総括担当する総務部長で、被告会社代表者名義による小切手振出の代理権限をも有し、唯前任の代表者時代に振出されていた手形の書替についてのみ例外的な権限が課せられていたに止まるのであり、受取人会社が右の制限あることを知つていたと認められるような証拠のない本件においては、受取人会社において旧手形の書替としての本件手形が真正のものと信ずるにつき正当の理由あるものと認むべきである。してみれば被告は訴外加藤がその権限を超越してした本件手形の振出につき、民法第一一〇条の表見代理の法理に従い、振出人としての支払責任を負うものといわねばならない。

三、そして、《証拠》によれば本件手形の裏書欄には受取人第一裏書人株式会社森島直線工業所、第二裏書人長棟至元の各白地式裏書を経て、第三裏書人原告に至るまで裏書の連続が存し、原告はこれを中央信用金庫に裏書譲渡し、同金庫から満期に東京手形交換所において呈示したが不渡となつたので(右不渡の点は被告の認めるところである)、同金庫から右手形の返戻を受け、現にその所持人であることが認定できる。

四、被告は本件手形金は大部分弁済ずみであると主張するけれども、これを認めうる何らの証拠もないから、右抗弁は採用できない。

五、よつて被告に対し、右手形金と満期日以後の手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める原告の本訴請求は、正当であるからこれを認容。

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